偽りの世界で、僕らは愛し合う


虚無の恋人



弓親が四番隊の救護室へ行くと、数人の男が暴れまわっていた。
見覚えはないが、その風体から自分の隊の者と分かる。
それを遠巻きに怯えた目で見つめる四番隊隊士たちもまた、下位の隊士たちのようだ。
無視して通り過ぎたいところだが、さすがに自分の隊の不始末を見過ごすわけにはいかない。

「君たちのその醜い面、不快だよ。すぐに立ち去らないと…強制的に消すけど?」

「ああ?…あ…綾瀬川五席…」

「あ、あの…」

それぞれがしどろもどろに言い訳を始める。弓親はウンザリとして抜刀した。

「言葉がわからないの?僕は立ち去れと言ったはずだよ。」

煙のように走り去る後姿を睨みつけ、今度は呆然とする四番隊隊士に謝る。

「ウチの連中が失礼したね。今度ああいうのが来たら、荻堂君を呼んでおいで。」

社交辞令の笑顔の美しさに見惚れ固まってしまっている隊士たちに代わって、奥の間からやってきた荻堂が返事をする。

「こちらこそ、綾瀬川さんのお手を煩わせて申し訳ないです。」

のんびりとした口調に、弓親は怪訝な表情を浮かべる。

「いたんなら、なんとかしなよ。」

乱暴な十一番隊の隊士たちでも、この胡散臭い八席だけは苦手としていた。
恐ろしく美しい、自分たちの上官のお気に入りでもある。
『荻堂に手を出すな』というのは隊内の暗黙の了解の一つになっている。

「美人が野獣たちを飼いならすのを見たかったんでね。あまりの美しさに、ウチの隊士たちはまだ呆けていますよ。」

「面倒だっただけのくせに。」

「とんでもない。忙しかったんですよ。」

これ用意していましたからと言われて見ると、箱に物資が詰まっていた。弓親が頼んでいたものだ。

「もう終わったの?さっきリストを提出したばかりだよ?」

「僕はあなたの事を、最優先にしてますから。」

荻堂はさも当然という様に、にっこりと微笑むと、箱を抱えて歩き出した。
うそばっかり…と呟いて、弓親もその後を追う。





弓親の部屋で物資の数を確認する。大量の医療品。
十一番隊の性質上、他の隊の何倍もの量が必要となる。
唾を付けておけば治ると、怪我をしても救護室へ行かない隊士も多い。
もっとも他の誰が怪我をしたとて、弓親にとってはどうでもいい話だ。
弓親が万全の備えをするのは、唯、一人のためでしかない。

「お茶、飲んでいくでしょ?」

「ええ、いただきます。お茶も、あなたも。」

作業が一段落したところで、荻堂は弓親の白い手をとった。
そっと引き寄せ、滑らかな手の甲に唇を重ねる。

「ちょっと、性急なんじゃない?」

非難めいた口調とは裏腹に、弓親は自ら荻堂の膝の上に腰をおろした。
どちらからともなく合わさった唇が、互いの口内を弄る。

「随分とご無沙汰でしたからね。」

「僕だって、忙しかったんだよ。だいたい君だって…」

荻堂は愚図りはじめた弓親の体を、優しく抱きしめる。

「知っていますよ。貴方が無事戻って来た、それだけで十分です。」

「そんな、こと…言わないでよ。嘘吐き…」

上前の下を這う指の感触に、弓親の体がピクリと跳ねる。
探り当てた小さな突起を執拗に撫でると、小さく声を漏らした。

「心外ですね。僕は貴方を愛していますよ。」

「僕も、愛しているよ…」

愛している…
その言葉に偽りはない。惹かれ合い求め合った結果の関係。
二人以外の誰も必要でないこの空間では、二人の愛は真実になる。
荻堂は弓親の着物を脱がせながら、器用に体を押し倒した。








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