偽りの世界で、僕らは愛し合う


虚無の恋人



「荻堂、どこに行っていた?」

眉根を寄せて、伊江村が荻堂を見下ろす。

「十一番隊ですけど。」

荻堂が濡れた髪を乾かしながら答えるのを待たず、伊江村は更に眉間の皺を深くした。

「…勤務中にふしだらな…」

湯上りの肌に散らばる、赤黒い痕。
何度も互いの体に口づけを残した。
隠そうともせずに、荻堂は伊江村を見つめる。

「安心してください。僕を抱いていいのは、伊江村三席だけですよ。」

「服を着ろ。見苦しい。」

告白は気にも留めず、言い捨てる。
荻堂はわざとらしく肩を竦めた。

「酷いな。着替えの途中に勝手に入ってきたのは、貴方だ。」

「早く来い。仕事だ。」

「三席が直々に、迎えに来なくてもいいんじゃないですか?」

「お前は、私以外の言うことを聞いた例がないだろう。」

荻堂の顔が、自然と綻ぶ。
こうして、この人と話ができる。
それだけで、いい。

「惚れた弱みってやつですね。」

「お前と話していたら頭痛がするよ。」

「僕もです。貴方といると、頭がおかしくなる…」

「お前がおかしいのはいつもの事だ。」

気が狂いそうになる程に、愛した人。
自分の気を、無理やり彼から逸らした。
後悔はない。
恋人同士になりたいわけじゃない。
今のまま、それが望みだ。





「弓親、薬あるか?」

無遠慮に、襖が開く。

「また怪我したの?仕方ないなぁ。」

「なんだお前、また男に抱かれたのかよ?」

ノロノロと起き上った弓親に、一角は呆れた顔で腕を差し出す。

「君には関係ないだろ?」

ダラダラと流れる血を拭いながら、弓親は不機嫌に答えた。

「…今度一緒に店に行くか?女の方がいいに決まってる。」

「ごめんだね。君の感覚を押し付けないでよね。」

手荒に薬を塗り付けられ、一角は顔をしかめた。
弓親は淡々と処置を続ける。

「そうか?まあ、お前がいいならいいけどよ。」

「一緒に行くなら、甘味屋がいいな。」

「俺は嫌だね。松本とか恋次と行けよ。」

「ほらね。そういうものでしょ?嗜好の違い。」

丁寧に包帯を巻き、弓親は出来たよと微笑んだ。
少々思案したが、結局一角にはよくわからない。

「…呑み屋なら、一緒に行ってやるよ。」

「一角の奢り?」

「なんでだよ。」

気が狂いそうになる程に、愛した人。
自分の気を、無理やり彼から逸らした。
後悔はない。
恋人同士になりたいわけじゃない。
今のまま、それが望みだ。





思い込みの力は実に強力だ。
ほとんどの恋愛は思い込みによるもの。
この人かもしれないと、思ったところで恋が始まる。
最初は共犯者だった。
二人の世界で二人の愛は、真実になる。


















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