やさしい愛なんていらない





狭く、傾いた小屋の一室。一角は朝の陽ざしを浴び、茅を積んで上に端切れを敷いただけの寝床から這い出した。
何やら背後から声が聞こえたが、ググッと背伸びをしていたため、話している内容までは聞き取れない。

「弓親、今なんか言ったか?」

「…更木の剣八の…居場所を知っているって、言ったんだ。」

不機嫌そうな低い声。昨夜、体を清めなかったことを怒っているのだろう。

「なんで黙ってた?」

一角の声にも怒りが混ざり、小屋の中を不穏な空気が過る。

「君の怪我が、治っていないと思っていたから…」

弓親は気だるそうにのろのろと体を起こし、肌に貼り付いた髪の毛を弄びながら答えた。

「…で、どこにいるんだ?」

「…瀞霊廷…」

「…え?」

「死神に、なったそうだよ。」

予想もしていなかった単語に、一角は言葉を失った。
更木の剣八と名乗った男は、あまりにも死神とは程遠い風貌をしていたのだ。

「…死神…確かか?」

「本人に聞いたからね…」

弓親は何でもないことのように言い放つと、立ち上がり、出口へと向かう。

「…会ったのか?」

障子をを開けようとする弓親の肩を掴むと、自分の方へと向直らせた。
弓親は更に不機嫌な顔で一角を見る。

「…」

暫く睨み合っていたが、一向に口を開かない弓親に、仕方なく一角の方が折れる。

「まあ、いい。死神になればあの人に会えるんだな?」

「…そういうことになるね。」

一角の手には自然と力が入り、弓親の顔が痛みに歪んだ。

「じゃあ話は簡単だ。俺は死神になる。お前は?」

「行くよ。僕だって、もう一度あの人に会いたいもの…」

一角が違和感を覚え、一瞬肩を持つ手の力が緩む。
弓親は一角の横をするりと通り抜け、外へと出ていった。

「わけわかんねぇ…」

あの人…と言った弓親の声が、まるで恋人でも呼ぶかのように甘く響いていた。
一角は畳に座りこむと、大きく息を吐き、蜘蛛の巣のはった天井を仰いだ。





のどかな山村風景。夜にはならず者達が闊歩する細い道も、明るい光の下、閑静に佇んでいる。
せせらぐ小川に着物のまま浸かり、弓親は丹念に体を清めた。
心とは裏腹に、空は青く透きとおり、川の流れは澄みきっている。

「こんなのは…嫌だ。」

胸いっぱいの行き場のない想いがぐちゃぐちゃに絡まって、意味不明なままの感情が溢れる。
ガチガチと歯列が鳴る。体が震え、冷汗が噴き出す。
目が、回る。
フラリと崩れ堕ちる弓親を、ガッチリとした男の腕が支えた。

「一角…僕、なんだか変なんだ…」

自分の中に、自分以外の存在を感じる。
弓親は薄れる意識の中、好戦的な微笑みを浮かべた…








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